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日常
ゾウさんのモデル
2021-09-13 (Mon)

先日のリモート呑みで、こんな話題になりました。

わたしたちは、本当にありのままでよいのだろうか。

差別をしない意識や、公正な生き方は、知識を得て学ばなければ、
なかなか身につけることが出来ない、と。

自然にその時々で適切な振る舞いが出来る人は、
世の中にはたしかにいるのです。

しかし、したくても出来ない人間もまた、世の中にはいるのです。

そのような場合、出来ない人間にとっては、
それが出来る人間というモデルが必要になってきます。

誰かの真似をして生きるということは、
自分に嘘をつくとか、そういうこととはまた違うと思います。

真似をしながら、どのようなプロセスでものを考えたらよいか、
何が原因でどういう結果になるのか、そういうところから、学ぶのです。

デリケートな問題について触れるとき、
想像力をはたらかせるにも、知識がなければ限界があります。

たとえばハンデをもっている人が何を言われたら傷つくのか、
違う立場の人間は、なかなか気付きにくいです。
まずは相手について知らなければなりません。

ただ、ハンデをもっている人も、どうされたら嬉しいか、
本人さえわかっていないケースもあると思います。

そのとき、どうしていいかわからない人間には、
適切な言動をとっている人から、真似て、学ぶという方法があります。

昔テレビで観たのですが、たとえば野生のゾウの群れ。
人間が親から引き剥がして連れてきた子供のゾウの群れは、
非行に走るのだそうです。

そこに、環境保護活動家の人たちが、大人の成熟したゾウを連れてきて、
群れに加えました。すると、非行がおさまったそうです。

大人のモデルを見て学んだ子ゾウが、また別のゾウにとってのモデルとなり、
よい群れが形成されていく。自然とはそうやって成り立っているのだそうです。

この頃、わかってきたことがあります。

人を傷つけたくないという心理と、
自分に嘘をつくということは、ときに同居することがあります。

しかし、思いついたことを正直にそのままいうことと、
自分の心にしっかりと耳を傾け、適確に思いを伝えることは、
まるで違って、人を傷つけずに、
あるいはマイナスな本心を伝えることも、実は可能なのです。

前者は、楽かもしれませんが、ときに誤解を生みます。

後者は、多少消耗するかもしれませんが、
コミュニケーションがスムーズになります。

自分の思いを形にするためには、ある程度引き出しが必要になってきて、
その引き出しを増やすのにてっとりばやいのが、まねぶ、ことなのでは。

私は自然に適切な振る舞いが出来る人間ではありません。

だからまずは、自分にとって、よい人間モデルに出会うこと。
できるだけ多くの事例に接し、見本をよく観察することが、
大切だと、そういう結論になりました。

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