AIとホンモノ
2024-01-24 (Wed)

言葉のズレと共感幻想』読了しました。

共感というものはそもそも幻想で、
個人の頭の中にしか存在しない自己満足の産物、
という仮説のもとに行われた対談、
とまとめられています。

まず、コミュニケーションの場において、
具体と抽象の間を行き来することの重要性とか。

たくさんいいねが得られる限られた人と、
大多数を占めるそうでない人との間に広がる、
共感格差という問題が、これから明るみになるとか。

お金=「貸し借りの概念」による格差から、
これからは共感の格差が社会に蔓延するようになる、
というようなこととか。

AIの進化によって、身体の拡張だけでなく、
人の表情、指の動きなどから、精神の拡張、
誰が眠くなっているなどが計測できるようになり、
Zoomで会議したほうが、微妙なニュアンスが伝わる、
みたいな逆転の世界になると予測しています。

そんな社会では、これまで目に見えなかった共感、
というものも可視化されていくのかな。

AIの進化についてはいろいろ思うところがあり、
PhotoshopでAI生成などをしていると、
これは明らかにAIの作った画像だなー、
みたいな感覚になるのですが、
そういう違和感もいつかなくなっていくのでしょうか。

画像生成については、
クリエイティブより、医療や犯罪捜査、交通、教育、
自然保護や環境保全、宇宙開発などの分野で、
どんどん進化したほうがいいと感じます。

言語陰蔽効果の研究の中で行われていた実験でも、
顔再認識の実験のとき、ターゲット(正解の顔)と、
ディストラクタ(はずれの顔)を用意するのに、
ターゲットは実在する人物の顔写真を使い、
ディストラクタはAIで合成した顔写真を使っていました。

ディストラクタの写真はAIで合成した写真なので、
どこかで違和感を感じないだろうか、
その違和感が再認成績に影響しないのか、
という点が気になってしまいました。

そのような技術的な問題が解決したと仮定して、
社会規範はどのようになっていくのでしょうか。
どれだけAIを受け入れることができるのでしょうか。

そんなとき、この言葉が目にとまりました。

社会はテクノロジーに対処する準備が出来ていません。”
Shaping new norms for AI

AIの発達により起こるであろうリスクの方が、
よく取りざたされていますが、医療などの視点からみると、
AIの発達は重要で、おそらくあれよあれよという間に、
AIは浸透してしまうことでしょう。

それに対処する準備が、できていない。
新しい社会規範を形成する必要があるということです。

そのルールさえ、AIが作ってしまうのでしょうか。

人間の知性や精神が立ち往生したまま、
テクノロジーはどんどん進化していって、
いま、人間は何をするべきなんだろう。
どう思考すればいいんだろう。

少なくとも立ち往生している人を、
取りこぼしてはいけない気がする。

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